山口瞳著 1972年7月
文壇のも将棋ファンは多くいます。しかし、それがプロ棋士と絶えず接しており詳しい人となると限定されます。
またプロ棋士に教えてもらっている程となるとより少なくなります。
本書は文壇の強豪の著者が、雑誌と将棋連盟の企画の十番将棋を行った自戦記です。ただし、単なる対戦内容だけでなく プロ棋士・将棋等に対する著者の見方・考え方を書き記した本でもあります。
そして、1局を除いて全て「飛落」ですが、その使用した戦法自体が当時ではまだ広がっていなかった「下手6五歩位取り」 であり、師匠であるプロ棋士・山口英夫五段から習った優秀な戦型です。
従って、本書は飛落の下手6五歩位取りという優秀な戦法の定跡書ともなっています。優秀な駒落ち定跡書は全般に少なく その面でも貴重な本にもなっています。
アマが、プロのタイトル戦と同じ場所で記録付き等のタイトル戦並の舞台で対戦するという異常ともいえる企画は、著者の 努力と広い知識をちりばめた本書となって実を結んだと言えるでしょう。
当時に本書を読んだアマの対局仲間は、ほとんどが本書は面白いと言いました。アマ棋力が10級から四段という大きな 棋力差があっても読んで楽しめる本というのは極めて少ないです。本書はそれを実現している希な名著といえるでしょう。
今から読もうとする人に、注記するならば出版が1972年という昔という事です。
まだ、コンピュータ将棋もなく、プロとアマの棋力差は本書の通りだった時代です。
2008年のアマ・プロ対戦の状況は大きく変わっています。その部分は本書は異なりますが、それは時代の変化であり 著者の思い違いではありません。
また登場人物に故人も含まれます。それらの人及び、まだ若き日の達人たちの想い出のドキュメンタリーともなっています。 そう、中原・米長時代の直前の時期の事です。
第1番 八段 二上達也(飛落)
第2番 九段 山田道美(飛落)
第3番 二段 蛸島彰子(平手)
第4番 八段 米長邦雄(飛落)
第5番 十段・棋聖 中原誠(飛落)
第6番 八段 芹沢博文(飛落)
第7番 六段 桐山清澄(飛落)
第8番 名人・王将・王位 大山康晴(飛落)
第9番 八段 原田泰夫(飛落)
第10番 五段 山口英夫(飛落)
解説 八段 米長邦雄
棋士の段位は対局当時です。
詳しい人は第2番の山田九段に目がゆくと思います。なぜならば山田はA級八段の現役で死去して、死後に死去当日付けで 九段が贈られたからです。正確には亡くなる直前での対局時の段位は八段です。そして山田は雑誌の連載で飛落ちを取りあげ そこで著者の「居飛車右四間・6五歩位取り戦法」の優秀さを認め、その発展形としての玉を右に囲う定跡を作ろうとしました。
山田の試みは死去で中断しましたが、それ以降の対戦で著者は3局ほどそれを取り入れているのです。
それを見た対戦相手がその対策を行い、著者は玉を囲う位置を右と左とを使い分けしています。著者は故山田九段の研究を 実戦で使用して完成を目指したのです。
飛落9局を全て、当時は新しい6五歩位取りの戦法で戦いその優秀さを示した事はひとつの功績です。
著者にいわせると、プロ棋士は化け物の様だそうです。たしかに当時を含む昔の棋士はアマとの交流も少なく、棋力差も多く その様に感じるのも有りかもしれません。しかし本著で著者がそれを取り上げて書くほどに、読者は逆にプロ棋士を知りいくらかは 身近に感じるようになったのかも知れません。それは主催側と著者の作戦だったのかも知れません。
著者が述べているプロの段位と実力が連動していないこと・プロ間は段位を超えて差は僅かであること・しかしその僅かな 差が積み重なって大きな結果の差を生み出す事などは、本書で初めて聞いたという人もいるでしょう。
プロ棋士が将棋の定跡・その他の将棋関係以外の本を出版するのは、この後かなり経ってからです。当時は自らをほとんど 語らなかった棋士を知る限り語った本でもあります。
最近では、将棋棋士の将棋以外の本も多く出版されたり、大学の入学試験に出題されたりしています。
そのようになるまでは、本書のような本が棋士の考え方を知る少ない機会だったと言えます。
2008年になって特別観戦記者が名人戦・棋聖戦・竜王戦の観戦記・観戦エッセイを書いています。その中には本著者を ほううつさせるプロ将棋界・棋士の知識を持つ人がおり、本書の描く棋士像の現代版とも観じます。
本書はその色々な内容で先駆的な試みが行われており、その後に影響を与えた部分や、今後参考にするべき部分が多いと 感じます。
Copyright (C) 2008- kei All Rights Reserved.
※当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます。
将棋関連書籍・名著を探し・読む
将棋に関する、あらゆる書籍が対象です
内容と対象者を考慮して、名著を探します
実は「名著」とはなにかも、重要です