チャールズ・G・フィニィ
1905年アメリカ生まれで、大学中退後に軍隊で中国に駐屯しました。
帰国後は新聞社で、作家としては寡作で作品数は長編は5作と少ない。
余技作家だったと推測されます。
その為か、当時でも枠に捕らわれずに分類できない、奇妙な作品を書いたのでしょう。
ただ、程度は不明ですが、当時のアメリカでこの変わった作品を受け入れる事が出来ました。
21世紀なった現在も、日本ではまだ少ない小説のジャンルだろうと思えます。
風変わりな小説同様に、作者自身も風変わりな人物らしいという事も言われています。
現実は、作者の情報はほとんど無いという状態です。
ラーオ博士のサーカス
舞台は、アメリカ・アリゾナのある小さな町です。
「ラーオ博士のサーカス」がやってきます。
なにぶんにも、普段はそのようなものがない町ですから、皆が興味を持った。
らだ、パレードを見ると普通のサーカスではなく、伝説の生き物が並んでいた。
疑いながら、サーカスに人が集まった。
そして、実際に想像上の生き物を集めたものだとしった。
妖しい魔法や術に出てくる生き物も多く、人はそれを見る内に魅せられていった。
その内に、妖しげな舞台劇までが始まった。
感想等
SFとは元々は、科学に基づく架空のフィクションです。
その中には、科学的なシュミレーションから生まれたものもありますし、人間の想像が強いものもあります。
後者を幻想系SFと呼んでいますが、そのなかの全く科学から離れた分野を、幻想小説・ファンタジーとして区別するようになりました。
想像から生まれた作品でも、色々なものに別れます。
本作は、幻想小説の古典と呼ばれる事が多いですが、同時にかなり異質な作品ともされています。
想像もその内容によっては、無茶な内容とか滑稽とかいわざるを得ません。
妖しげな雰囲気も、それを越えるとユーモアともなってしまいます。
ユーモアには、ブラック・ユーモアが欧米では普通に含まれます。
やり過ぎると、読者は途方に暮れるか、呆れるでしょう。
本作には、そのような通常のファンタジーを越える部分があります。
本作には、小説の後に「カタログ」という注釈らしいものがついています。
ただ、それは補足と言うよりも奇妙な解釈か、小説をより妖しくするものになっています。
あまりにも人工的に作られた幻想・妄想をサーカスというイベントに入れて、小説の中に入れてしまった。
作中の人々が、サーカスで見て感じた事を読者も同様に感じるでしょう。
いささか、あっけに取られるというのが実際の所でしょう。